瞑想の歴史

仏像

瞑想の歴史は数千年

瞑想には非常に長い歴史があるようです。今から5000年以上前に栄えたと言われるインダス文明、その史跡の記録の中に瞑想と思われる記述が出てくるといいますから、すでにその時点では瞑想というものが体系化され師匠から弟子に受け継がれていたのでしょうからそれよりもまた随分昔の世界から存在しているのだと思われます。

インダス文明よりも、記録が残る中でさらに古い文明と言われるメソポタミア文明。このメソポタミア文明については紀元前6000年から始まっていると言われる説もあり、今から8000年も近く昔のお話になります。キリスト教で聖典とされている旧約聖書は、メソポタミア文明の時期に作られた粘土板に刻まれた神話がその出典と言われています。キリスト教では瞑想を祈りという形で実践しますが、そのキリスト教が聖典とする旧約聖書の中にも祈りの描写はたくさん出てきます。つまりその起源であるメソポタミア文明の時期にはすでにそういった祈りと言うか瞑想と言うか、思考を意図的に鎮めて何らかのメッセージが脳の中に思い浮かぶということを実践していた可能性が高いです。

瞑想中の体験

瞑想中に何らかのビジョンが見えた、声が聞こえたという体験を持つ人はなかなか現代においては珍しいことですが、普通に来ていて寝ている間夢を一回も見たことがないという人はとても珍しいのではないでしょうか。起きている時と寝ている時そのギリギリの境界に当たる部分では人間は入眠時幻覚というものを見ます。昼寝をしようとして寝ているのか起きているのかギリギリのラインで意識を保っていた時確かに人の笑い声ですとか話し声ですとかそういったものが聞こえてきたり、何らかの視覚的な情報を見たということがあるかと思います。

その幻覚というのは例えば両親であったり兄弟であったり仲のいい人であったり、そしてその人たちとの会話が成り立つということも珍しくはないと思います。瞑想ないし祈りとはこの入眠時幻覚のような、自分が意図的に本を読んだりといった手法とはまた異なる情報の入手の手段であり、その性質上、自分の内側から湧いてくるものです。体験によっては既にこの世を去った人たちと出会ったり、あるいは自分が神と崇めている存在と出会ったり、そういったことが起きます。携帯電話を使って地球の裏側には専門家に相談したりといったことは当然できない時代の話ですから、判断に迷った時は最終的に瞑想によって自分を変性意識状態へと持って行き、その先で出会う存在に対して質問を投げかけその回答をもって判断材料とする。そんなことが日常的に行われていたのかもしれません。(後ほど述べますが、こういった変性意識状態でコミュニケーションをとる相手は人間とは比較にならないくらい膨大な知識量を持っているということが珍しくありません。 人間の人生何十人分か、あるいは明らかに地球のものではない知識を持っている、など。インターネットがなかった時代にそのような豊かな知識を持った知的生命体との接触が可能だったということは、非常に大きな価値を持っていたに違いありません。)

現代の科学を遥かに超える「瞑想」の用途

熟達してくるとわかりますが、瞑想で得られる変性意識状態と、その先で体験しうる幽体離脱など、これらの経験は例えば遠く離れた場所のビジョンを得たり、空から景色を眺めたり、自分を超越した存在から情報を得たりというものが多いです。これらは現代においては飛行機や携帯電話やVRといった科学技術によって提供されているものですが、当時においては瞑想という手段によってそれらに近いものを出ていたのかもしれません。

瞑想は使い方によっては千里眼ですとか、あるいは未来予想のような使い方も可能です。現代のような科学技術がない時代には、例えば敵が攻めてくるその様子を遠くから察知したり、その年の天候の様子を気象予測ではなく瞑想によって行なったり、そういった非常に差し迫ったニーズがあり実践されていたのだろうと思われます。

レアな能力だった瞑想

こういった手法の多くは巫女ですとかシャーマンですとか、当時の時代においてもいわゆる超能力者と言うべきか非常に限られた人々の専売特許でした。しかし長い人間の歴史の節々に瞑想というものは大きな影響を与えていて、その意味では人間の存在とは切っても切り離せないものだったのではないかと思うのです。

しかしそうではあっても、こういった超能力的なものを会得するのは選ばれた上に専門的なトレーニングを何十年という単位で受けることのできたごく限られた一部の人々でした。 とても時間がかかる上に、当時は大脳生理学といった 人間の脳内で起きていることを科学的に測定し分析する学問がなかったため、経験則では役立つと言われているものの、非常に効率が悪かったりまた肉体的な危険を伴うものも多かったのです。現代においては、瞑想中に人間の脳内で起きていることも MRI や脳波測定 、CT スキャンなどにより非常に科学的で再現可能な手法で測定ができるようになってきており、その結果瞑想を科学的に捉えることも可能になってきています。光の明滅や、音といった外的な刺激により脳ひいては人間の意識がどのような影響を受けるのか。そういったものが非常に科学的な手法でもって解明されつつあります。その意味で、現代に生まれた人々は瞑想を生活に取り入れるという意味では非常に恵まれた環境にあるということができるでしょう。

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