瞑想の効果

座禅

星の数ほどある瞑想の種類

瞑想の効果は、非常に多岐にわたります。スピリチュアルな世界に身を投じると瞑想という言葉との接点はとても日常的なことになるのですが、一口に瞑想と言ってもたくさんの種類の瞑想があります。わたしEnishiがその名前を知っているものをいくつかあげるだけでも、例えば「フルフィルメント瞑想」「マインドフルネス瞑想」「伝導瞑想」「ゾクチェン瞑想」などなど探せばそれこそ星の数ほども出てきそうです。

雑念大敵

ただし一つ言えるのはどのような瞑想であっても「雑念を払う」ということは、その実践の中の大きな目標として位置付けられている、ということです。雑念と言うと自分の頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えていくとりとめのない思考のことかと思われるでしょう。 これはより専門的には、「自動反応」と呼ばれるもので、人間が生まれてからずっと生きてきた中で培った、危険を避け、より自分を生存させるための「知恵の集合体」です。例えば狼の鳴き声が聞こえれば、緊張が高まって心拍が早まり、人間はストレスホルモンが分泌され戦闘態勢に入ります。この時その人の頭の中には、 狼の具体的なイメージが湧いているに違いありません。 狼とどうやって戦うか、噛まれれば血を流すことになるのではないか、 なんとか逃げる方法はないか、どうやって逃げるか。そういったものが頭の中を延々と駆け巡ります。 大人と同等の記憶力を持つのはおよそ5歳頃と言われていますが、それ以降人間は自分の人生の中で学んだことをこうした自動反応の形で数多く記憶の中に蓄積しています。 叱責を受ければ、気分が沈む。褒められれば、有頂天になる。こういった反応は人間が社会的生物として生きていくには非常に重要なことです。

しかし、このような自動反応は非常に大切である反面、外的な環境からもたらされるありとあらゆる種類の情報によって人間の精神が撹乱されてしまうということでもあります。あまりにもその頻度が多いと、ただただ環境に振り回され、自動反応の虜になってしまう、隷属させられてしまうということになり得るのです。

ところが、この自動反応はその人個人の学習の中で培われたものです。つまり決して絶対的なものではない。その人にとってはとても大きな問題であっても、客観的にその問題を眺める人にとっては大した問題ではないということが往々にしてあります。例えばEnishiがうつ病になった直接的な原因は、社会人2年目の中盤で無職になってしまったということ。人がうらやむような私学の理工学部を卒業し、日本の国公立大の最高峰と呼べる学校の大学院まで卒業した。そして誰もが知っている大企業に新卒で入社した。それが今はどうか。社会人一年目の終わりで、ヘッドハンターに騙され、無茶な転職をしてしまった。その転職先はブラック企業で体を壊してしまい、仕事を続けることができなくなった。下宿先を引き払い、借金まで背負って実家に逃げ帰った。そして今27歳の無職の男として実家で親の世話になっている。この現実は、当時の私のプライドをズタズタに引き裂いてうつ病の闇に落とし入れるのに十分すぎるものでした。10年以上経った今当時のこの経験を振り返ってみるに、これはこれで必要な経験だったと、ただひたすら勝ち続けることに意義を見いだし、結果は出たのだがその反面、負けた人の気持ちなんて考えたことがなかった。大の大人が引きこもってるなんて、最低の負け組だと考えていた。そういった競争社会の負の側面に気付かされた非常に意義のある経験だったと今では考えています。

少し例え話が長くなってしまいましたが、つまり自動反応というものはごく一瞬で起きる感情的な反応のパターンであると同時に、その人の価値観を形成してると言ってもいいでしょう。 外界から与えられる様々な情報、状況、そういったものに反応する自分自身の感情。瞑想はこの感情の自動反応の大半を「自分の意識の制御下に置く」そのためのトレーニングの体系であり、実践ということができると思います。

瞑想の用途とはいかに

Enishiがその体験を伴って「瞑想の効果」として挙げることができるのは、「感情の制御」「脳のリフレッシュ」「集中力の向上」 「第六感的な何かの鋭敏化」です。

感情のコントロール

これはおそらく長年摂取し続けている魚油(DHA・EPA)による効果も無視できないとは考えていますが、まさに「カエルの顔にションベン」というべき境地が得られます。かつての私は、まさに感情のジェットコースターでした。理不尽な叱責を受ければ頭にくる。人から批判を受けてへこむ。少し良いことがあると有頂天になる。感情の起伏がまるで三角関数の正弦波の波のように上から下まで大きく振れるのです。これはなかなかドラマティックなのですが、非常に疲弊します。 瞑想の実践によって感情の自動反応の大半を自分の意識の制御下に置くことができるようになると、外部からの刺激に対しどの程度反応すれば良いか、反応すべきか、 そういったことを自分の判断で選択することができるようになります。 何が起きても自分の感情の波はとても高い所を漂っていて、無駄にかき乱されることがない。これは一度こういう境地を得てしまうとなかなか手放せないものです。楽です(笑)

脳のリフレッシュ

これは、例えば退屈な授業ですとか、受験勉強ですとか、そういった時間にふと眠くなってしまい、一瞬だけうたた寝してしまったようなそんな時に皆さんも体験されたことがあるかもしれません。眠った時間としてはほんの数秒から数十秒なのですが、目覚めてみると非常にスッキリとしている。そんな感じです。パソコンで例えると、パソコンは使っている間色々なアプリケーションを開いたり閉じたりすることで、メモリーの中に無駄なゴミデータが蓄積されていきます。しかしゴミとはいえどデータであるので確実にメモリーの容量を食い、パソコンはパフォーマンスが低下していくことになります。新しいものを覚えたいのにメモリーの中にゴミデータがあるためにそれを入れることができない。それと同じような事が人間の脳みその中にも起きているのです。一瞬の寝落ちやうたた寝というのはパソコンの再起動と同様に人間の脳に「全く考えていない。何の思考も流れていない。」という状態を数十秒から数分間作り出すことになります。 不思議なもので、この一瞬の「思考の空白」が脳を再起動するようで、本人はとってもすっきりとした脳の状態で目覚めることができます。このすっきりとした状態を得るのに必要な脳の休憩時間があんなに短くて済むというのはとても不思議でこれからの大脳生理学の研究が進むことを望むばかりですが、実際に瞑想で「思考の空白」を意図的に作り出すと、脳のリフレッシュが非常に短時間で出来るのです。これはもっと勉強ですとか、ビジネスですとかそういった場で取り上げられてもいいのではないかと考えています。

集中力の向上

これは上で述べた脳のリフレッシュと表裏一体のものではないかと私は考えています。1日の仕事をこなす中で色々な情報が頭の中に溜まっていく。Aというプロジェクトの進捗はどうだったかとか、Bさんのモチベーションが下がっているとか、顧客Cに電話をかけなければいけないとか、現代のサラリーマンは非常にマルチタスクな状況に置かれています。少し集中して仕事をしないといけないような、例えばプログラミングであったりとかプレゼン用の資料の作成だったりとかそういったタスクの前に、私は最大10分程度なのですが、洋式トイレ(大の方)に籠もって目を閉じ、思考を鎮めます。これで一度脳を再起動すると、そこから一番最初に手掛けるタスクは非常に効率が上がります。無駄なゴミデータを脳のメモリーに入れた状態ではなく、まっさら脳の状態で集中すべき仕事だけを頭に格納したからでしょう。 あるいは、自動反応にまみれている現代人の人ですと、外的環境からもたらされるありとあらゆる種類の情報によって自分の思考は散り散りにかき乱されてしまうところ、そういった反応を自分の意識のコントロール家に置いていることで、自分がこなすべきタスクの優先順位を自律的に決め、外界からの刺激に依存しないという状況が作り出すているからかもしれません。

第六感的な何かの鋭敏化

これは私が瞑想の効果としてとらえている中で一番大きなものになるかもしれません。というより世界のビジネスやスピリチュアルな世界やありとあらゆる分野で非常に大きな結果を出している方々というのは、何らかの形で生活の中にそれもなかなか大きな割合で瞑想を取り入れているという事実があります。例えばスティーブ=ジョブスは日本の禅の思想に惚れ込み、大会社の社長という身分を捨てて禅の世界に没頭するということを本気で考えていた時期がありますし、ありとあらゆるコンピューターの中に入っている CPUのメーカーであるインテルという会社は、新入社員の教育の中に meditation(瞑想) というプログラムを採用しています。 インドの社会的哲学者であるプラブハット・ランジャン・サーカーは、1日の中で4時間を瞑想に費やしていたと言われています。 表現の仕方として「第六感的に何か」としか表現ができないのが歯がゆいのですが、例として紹介させてもらうと、「会話をしている相手が、2手先3手先に言うであろうことが、手に取るようにわかる」「会社の内線に電話がかかってきた時、それが誰からの電話であるか何となくわかりそれが実際にその人からの電話である」「なんとなく選んだタイミングであったり物であったりサービスであったりといったものが、後で検証してみると完璧な計算の上に成り立ったものであるようなことが頻繁に起きる。」そんな感じです。引き寄せの法則という言葉がありますが、それがとても強くなった状態ということができるかもしれません。これは仕事であったり人間関係であったりといったことに非常に有効な潤滑油として働くことになります。ものすごく物事がスムーズに綺麗に運ぶようになる。これは私が上で書いた他の効果と比べるととてもとらえどころがないものなのでなかなか説明しづらいものなのですが、瞑想を実践した方々からしばしば聞かれることです。

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